19 Feb 12

私が学生の頃、常に自分に何かが足りない気がして、なりたいゲームの音楽を作る仕事もきっとこんなレベルじゃ通用しないなーと思い込んで、学校は出席日数ギリギリまで休み、ゲーセンに入り浸り、同人誌作ったりしていました。

そうこうしているうちに就職活動の時期。

私の通う沖縄職業能力開発短期大学校の電子技術科の生徒も、続々と就職先を決めていきました。しかし、そのほとんどが電子技術と縁もゆかりもない企業へ。

なんで?電子技術科卒業してなんでスーパーに入るわけ?冗談じゃない。

そのときの私の思考はまさに「働いたら負けだと思っている」状態。
そのまま就職せずに卒業。

卒業後は一緒に同人サークルをやっている仲間がいたので、どうしてもゲーム作りがしたくて、メンバーが集まるための部屋をおばあちゃんから借りて、パソコン教室のインストラクターのバイトをしながらシューティングゲームを作っていました。就職のためとかではなく、ただ単にゲームが作りたかった。

そうやって完成したのがウィザーズスターです。

粗削りなゲームですが、全力で作りました。
地元沖縄の即売会では全く売れなくて、東京で取り扱ってくれるショップに置いてもらいました。

その東京のショップでウィザーズスターを買って、ホームページでこき下ろしてくれたのが、同人サークル渡辺製作所(現フランスパン)のなりたさんですw

それが縁で、渡辺製作所のゲームの音楽を作るようになり、のちに対戦格闘ゲーム「メルティブラッド」の音楽を担当し、TVアニメの主題歌を作曲したり、リミックスをしたり、尊敬するゲームの作曲家の皆さんに会えたり、たくさんの夢が叶いました。

真剣にモノづくりをして、やり遂げたときから、歯車が動き始めたんです。
そして気づいたんです。今持っている力を出し切ればいいと。

あのとき本気でゲームを作ってなかったら。
スキルがついたら作ろうなんて思って先送りしてたら。
今ごろ最悪の人生を送ってたと思います。

それは本当に紙一重です。一緒にゲームを作ってくれる仲間に助けられました。

『勉強は他所でやれ』の反響と補足的なこと | Transistar (via katoyuu)

(via itokonnyaku)